台湾ポップスと林強(リン・チャン)

僕が台湾にハマるきっかけになったひとつに、ミュージシャン・林強(リン・チャン)の存在がある。

國語でLin Qiang、台湾語でLim Giong。

 
90年代当時アジアンポップス関連の書籍などを読んでいると台湾の項目に必ず目にした名前。
 
しかし、直接彼に触れたのは映画であった。それが1992年作品『只要爲你活一天』。
のちに強力なパートナーシップを組むことになる映画監督・侯孝賢が総指揮をとったこの作品は『宝島 トレジャーアイランド』という邦題で日本でも公開、VHSソフトが発売された。

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発売元は悪名高きあの「日本ビデオ販売」(詳細は各自でお調べ下さい!)で、ジャケには「ビデオ安売王」のロゴが添えられている。

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当時僕は実際に「ビデオ安売王」の店舗で購入した。お値段なんと980円!!ビデオソフトとしては破格である。
まぁケースは簡易なものだったし、恐らくその時の新しめの作品で権利の安そうなものをチョイスしたのだろう。
ちなみにこれと一緒に『天幻城市』も発売されていて、これにも林強は出演している。
 
何にせよ安売王、グッジョブ!!
 
この映画を観るまで林強の音楽は聴いてなかったものの台湾の有名ミュージシャンとして名前は知っていたし、その頃はまだまだ香港映画が好きだったので、香港の女優・ヴェロニカ・イップが出ている事もあり迷わず購入した。
 
台湾の映画を観るのも初めてだったし、主演を務めた林強の初々しいながらもリアルな演技とエンターテイメント性に富んだストーリーにまんまとやられ、一気に林強が好きになりCDを買い集めた。
ちなみにこの映画のサントラも日本版がアジアンポップスを何枚か出していたPヴァインから発売されている。
Pヴァイン、グッジョブ!!
 
歌手としての林強は1990年に出したデビューアルバム『向前走』が、80年代終盤から出始めていた台湾語によるポップスを爆発的なヒットで広めたエポックメイカーとして語られることが多い。

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向前走(台湾盤)

向前走(台湾盤)

  • アーティスト:林強/リン・チャン
  • 出版社/メーカー: ロックレコード
  • 発売日: 1991/01/17
  • メディア: CD
 
続く1992年にセカンドアルバム『春風少年兄』で台湾語で歌うシンガソングライターとしてアイドル的な人気を確立しながらも、1993年のサードアルバム『娯楽世界』を最後に歌モノを出さなくなってしまう。

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春風少年兄(台湾盤)

春風少年兄(台湾盤)

  • アーティスト:林強/リン・チャン
  • 出版社/メーカー: ロックレコード
  • 発売日: 1998/04/16
  • メディア: CD
 
『向前走』では同タイトルの表題曲で彰化市から台北に出て歌手として生きていくという自身の決意を白Tシャツ&ジーパンの尾崎スタイルで歌い、『春風少年兄』はラップがあったりサウンドもよりポップに進化した若者向けの聴きやすいアルバムだった。
 
そして『娯楽世界』。
当時イギリスの音楽に傾倒していた林強はこのアルバムをイギリスで録音。現地のプロデューサーやミュージシャンを迎え、重厚なギターとエレクトロサウンドが全体を包む。

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娯楽世界(台湾盤)

娯楽世界(台湾盤)

  • アーティスト:林強/
  • 出版社/メーカー: ロックレコード
  • 発売日: 1991/01/17
  • メディア: CD
 

 


林強 Lin Chung(Lim Giong)【Happy birthday】Official Music Video

 

27年経った今でも全く古さを感じさせない音作りではあるが、当時の台湾では「早過ぎた」。
そして何より曲も暗い内容のものが多く、前作までのイメージとは全く違うため台湾で酷評されてしまう。
 
このアルバムと『春風少年兄』もPヴァインから日本版が出ていて(重ねてPヴァイングッジョブ!)、日本語のライナーノーツが封入されているのですが、音楽評論家の関谷元子さんによるインタビューが載っていて、林強本人の「これは売れないだろう」という旨の発言が紹介されている。
 
まぁ、4曲めの『當兵好』(日本版での邦題は『素晴らしき兵役生活』)では徴兵制を皮肉り、「中華民國萬歳!」と叫びまくったかと思えば最後に「F◯CK!」ですからねぇ。しかもこの曲だけ國語で歌うという徹底ぶり。
 
商業主義的ににどんどんポップになっていく台湾音楽界に中指を立て自分の納得がいく高い音楽性を追求し、更にそこへ強すぎる台湾愛をぶち込んで作りあげた『娯楽世界』は間違いなく歴史的大傑作だと僕は思い続けている。
 
その後は電子音楽により深く足を踏み入れ、林強名義ではあるものの民謡をテクノにアレンジしたコンピ的なアルバムなどを出したりDJ活動を始めたりする一方、映画音楽を数々手がける現代音楽家のような活動とへと移行していく。
 
たった3枚の(歌モノ)オリジナルアルバム以外に林強は多くの映画に自身のヴォーカル曲を提供している。ファンとしてはそれらを集めるしかないけどやはりもっと歌い続けて欲しかった。
『娯楽世界』のライナーでは「次のアルバムをニューヨークで録音したい」という文面が見られ、この時点では歌モノを作り続けるはずだったようなので後に来るあまりの不評にその構想も泡と消えたのか・・・。なんたる損失。
 
動画サイトを見ても歌手時代が短い上に昔なせいかライブで歌っているものが見当たらない。
その代わり現在でもDJとしては人前に立つ機会が頻繁にあるようで、インスタグラムなどではその様子を動画で伺うことが出来たりする。
 
今ではすっかり恰幅のいい角刈りのおじさんになってしまったけど、僕にとっては林強は永遠の台湾のポップスター。
台湾でお皿を回す林強の姿を生で観るのが当面の目標です。
 
長くなったので今回はここまで。林強についてはまた書きます!